人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第32回

| 週刊実話

 田中角栄大蔵大臣の誕生により、それまでのいかにも重々しかった大蔵省内の空気、光景が一変した。
 何よりも、大臣室への訪問客の多さが目立った。陳情客の他、友人、知人と称する“田中ファン”が連日押し寄せ、これが1日100人は下らなかった。大臣秘書官はあまりの訪問客の多さに、1日の仕事の大半がそうしたスケジュール調整に追われるといった具合だった。また、そうした訪問客の間ゲキを縫ってというべきか、事務当局の大臣への“ご進講”があるのだが、自信満々の田中はそんなことは百も承知だとしてアキアキしてしまうらしく、話半分で“角栄独演会”で局長クラスをケムに巻くのだった。例えば、こうであった。
 「私はね、国会答弁での想定問答集なんか読まんよ。これまでは答弁に局長、局次長クラスを動員したようだが、これからはたいがいの答弁は私一人でやるッ。大体、そんなコトは事務効率の低下だ。私はね、金融はともかく財政はクロウトだ。この12年間でも、予算編成に立ち会わなかったのはたった2回だけでね。私が立ち会わなかったときに限って編成作業はモメたんだ」

 この自信満々の大臣が、衆院大蔵委員会で就任後、国会での初答弁に立った。初日のこの委員会席は、田中が政調会長時代に「沖縄発言」などの“前科”があったことなども加わり、失言もあるかと興味シンシン、満席であった。ところが、田中は減税、消費者米価の値上げ問題などの矢継ぎ早の質問にもなぜか「慎重に検討したい」の一点張り、“勇み足”を心配して詰め掛けていた大蔵省幹部をホッとさせたのであった。
 しかし、この大蔵委員会審議での野党側からは、「慎重に検討したい」の大臣答弁の連発にシビレを切らしたか、「大臣は官僚出身でないにもかかわらず答弁にソツがなさ過ぎないか」と不満も出始めた。ついには、田中の政調会長時代にブチ上げた日銀法改正、預金金利の引き上げ論にホコ先を変えて迫ったが、田中はここでも「当時とは経済情勢も変わっているので、軽々に結論は出せませんナ」と、軽くイナしてしまうのだった。こうしたあまりのソツのなさにアタマにきたか、当時の民社党の論客、春日一幸は言ったものだ。
 「田中蔵相は政調会長時代に比べて、カドが取れ過ぎておる。

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