「I have NO POWER!」
その出来事は、レース終了6分前に起こりました。中嶋一貴選手の悲痛な無線での叫びとともに散った、トヨタのル・マン初優勝の夢。今季は必勝体制で臨んだだけに、とても悔しい結果となってしまったのはご存知のとおりです。
ここではトヨタのル・マン挑戦の歴史を振り返るとともに、ル・マンを走ったレーシングマシンを特集します。来年こそ優勝を目指し、頑張ってもらいたいものです。
トヨタのル・マン挑戦は、エンジンサプライヤーとして始まります。そして車体から製作し本格参戦を開始した「第一期」、GTカーで参戦した「第二期」、現在のWEC(FIA 世界耐久選手権)規定での「第三期」と大きく分けることができます。ここではまず第一期、第二期のトヨタのル・マン参戦マシンについて見ていきましょう。
■初挑戦は、エンジンサプライヤーとしてトヨタの製品企画室第七技術部に所属していた加藤眞氏は、退社後にレーシングコンストラクターであるシグマ・オートモーティブ(現在のサードの前身)を設立。ル・マン参戦という、大いなる挑戦に打って出ます。
参戦初年となる1973年はトヨタの許可が下りず、マツダ製のロータリーエンジンを搭載したMC73で参戦しますが、惨敗。その後、1975年には念願だったトヨタ製エンジン獲得に成功します。
photo by DOME CO.,LTDMC75と名付けられたそのマシンはMC73を踏襲したもので、カローラ・レビンなどでおなじみの2T-Gにターボを装着して搭載。まずは国内レースで弾みをつけてル・マンに臨む予定でしたが、完走すら難しい状態でした。そしてル・マン本戦。やはり思うようにタイムが伸びず、予選落ちしてしまいます。他チームのボイコットなどがあり、何とか決勝に駒を進めることに成功しますが、スタートから4時間で油圧低下のトラブルが発生。無念のリタイアを喫します。