天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 森喜朗・智恵子夫人(下)

| 週刊実話

 小渕恵三首相が突然の病魔に倒れたことで、自民党首脳格5人の“密室協議”で首相に担ぎ出された森喜朗の国内外の評判はさんざんだった。
 英国のガーディアン紙が「クレムリン(ロシア大統領府)のような秘密主義の中で誕生した総理」と報じれば、“造語名人”の田中真紀子(元外相)からは政権の実体がぼんやりとして見えないことから、森喜朗を音読みしての「シンキロウ(蜃気楼)」ともヤユされたといった具合だった。
 また、森内閣は当然のように低い支持率からの出発だったが、一方で、森自身による「神の国」発言、あるいは早稲田大学時代の「買春検挙疑惑」などのスキャンダルが報じられるなどで、約1年間の政権は見るべき実績を残せぬまま、平成13(2001年)4月、退陣をよぎなくされた。

 さて、約1年間のこの政権のさなか、森夫妻はそれまでなかった“濃密な日々”をすごしたようだった。当時の政治部記者などの関係者によるエピソードが、多々残っている。

 「森はじつは、首相になってもそうだったが意外にも相当な潔癖症、整理魔で、これは若いときからのものだったらしい。身仕度はもとより、机の上の整理などもすべて自分がやらないと気がすまない。あるいは、明日着る洋服などを、自分できちんと枕元に出して置いてからでないと寝ない。下着は、着る順番どおりに夫人が並べておかないと怒り出す。さすがに夫人もカチンと来て、『そんな細かいこと、男の人が言うものじゃありません』とピシャリとやったことがある。夫婦仲は上々だったが、年に一度くらいこの手のケンカはあったと言います」

 「夫人は国賓の来日、宮崎県での“太平洋・島サミット”と立て続けにファースト・レディーとしての役割りをよぎなくされたが、疲れ切っていた。椅子に腰をおろす暇さえなく、化粧を落とす気力もないようだった。忙しくて美容院にも行かれずカツラでごまかしたり、前日と同じ服を着てしまい、外務省からお目玉を頂戴したりもしていたくらい。つくづく『(ファースト・レディーは)力仕事だと分かった』と言っていたものです」

 「警備の問題から、就任間もなく夫妻の総理公邸住まいが検討された。しかし、夫人はこう言って断わった。『公邸に引っ越しました。さあ直ぐ出てくださいでは、あまりにみっともないじゃないですか。

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