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雪の日、お江戸の人はどうしてた?浮世絵で江戸時代にタイムトリップ:パート1今でこそ女性も当たり前のように着てますが、実はこれ本来は男性用なのです。元は陣羽織から発生して防寒着の役割をもったもの。武士の最高位の礼服は将軍などに謁見するときや登城する際の「裃」姿ですが、紋付き羽織袴は士分以外の最上位の礼服となりました。
ですので羽織は訪問先では脱ぎません。西洋のスーツも、訪問先や人前では上着を脱ぎませんよね。脱ぐと「着流し」と呼ばれて遊び人や吉原の通人などによく見られました。町人の羽織は柄が派手なものや糸を盛ったりしてどんどん華美に。紋付き以外はカジュアルになっていきます。
で、なぜ女性が身につけるようになったかというと辰巳芸者(深川芸者)が着始めてから。辰巳芸者は芸名で「音吉」「豆奴」など、男性名を名乗っていました。遊女とは違い、男に媚びず、芸は売っても色は売らない心意気を表したといいます。