江戸時代の防寒どうしてた?実は羽織は男性専用だった。町人女性の「上着」の種類あれこれ (1/3ページ)

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江戸時代の防寒どうしてた?実は羽織は男性専用だった。町人女性の「上着」の種類あれこれ
羽織は陣羽織が原型。女性が着始めたのは芸者が発端

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羽織

今でこそ女性も当たり前のように着てますが、実はこれ本来は男性用なのです。元は陣羽織から発生して防寒着の役割をもったもの。武士の最高位の礼服は将軍などに謁見するときや登城する際の「裃」姿ですが、紋付き羽織袴は士分以外の最上位の礼服となりました。

ですので羽織は訪問先では脱ぎません。西洋のスーツも、訪問先や人前では上着を脱ぎませんよね。脱ぐと「着流し」と呼ばれて遊び人や吉原の通人などによく見られました。町人の羽織は柄が派手なものや糸を盛ったりしてどんどん華美に。紋付き以外はカジュアルになっていきます。

で、なぜ女性が身につけるようになったかというと辰巳芸者(深川芸者)が着始めてから。辰巳芸者は芸名で「音吉」「豆奴」など、男性名を名乗っていました。遊女とは違い、男に媚びず、芸は売っても色は売らない心意気を表したといいます。

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