生死を超えた剣豪たちの境地と剣術が剣道に昇華した理由

| 心に残る家族葬
生死を超えた剣豪たちの境地と剣術が剣道に昇華した理由

ソーシャルゲーム「刀剣乱舞」の影響で日本刀に関心を持つ「刀剣女子」なる人たちが話題になっている。「刀剣乱舞」は日本刀を擬人化したもので、名だたる名剣、名刀が登場する。剣術、武術とは無縁の友人がこの影響で、多少なりとも武道を学んでいる筆者以上の刀剣の知識を持つようになり驚いたことがある。

■剣は人を殺すための道具 剣術は人を殺すための技術

日本刀には言語に尽くしがたい妖しい魅力があるのは確かだ。こうした世界に若い女性が関心を持ってくれるのは喜ばしいことだが、忘れてはならないことがある。

それは剣とは人殺しの道具であり、剣術とは、武道とは人殺しの技術であるという事実だ。そしてかつての剣豪たちはその段階で終わらず、単なる殺し合いを超えた、独自の死生観を確立した。日本刀にはその歴史と思想が込められている。

■日本刀の独特の魅力とは

日本刀には独特の魅力がある。海外では、王家の財宝などに装飾品としての「宝剣」といったものがあるが、主役はあくまで剣にちりばめられた金銀宝石である。日本のように刀身そのものを美の対象とし、刃紋の良し悪しを語る感性は世界でも独特といえる。刀身のみが飾られている刀剣展の光景は、海外の人からみれば奇異なものにみられるに違いない。

■人殺しの道具に過ぎなかった日本刀に、どのようにして高い精神性は宿ったか

日本の「剣」には、高い精神性が宿っている。刀は武士の魂という。刀工もまた魂を削って刀を打つ。しかしそれほどのものはといえ、それ自体は単なる道具、それも人殺しの道具である。剣術に限らず武術とは、いかに人体を合理的に殺傷するかを追求した技術であった。現代格闘技のようにルールや倫理などは存在しない。勝つことは生きることに直結し、殺される前に殺すための術であった。

しかし、そのような殺人術、戦闘技術は世界に伝わっている。その中にあって日本で「武術」は「武道」となる。「剣術」から「剣道」へ、「武術」から「武道」へ。武の「術」から「道」への昇華は日本のみに起こった突然変異という他ない。同じ武器でも銃の銃身や、戦車の砲台に深い精神性を見いだすことができるだろうか。

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