戦後日本において死刑が確定となった女性は2020年までに16人いる。今回はその中の一人である女性の犯罪譚、俗に「菅野村強盗殺人・放火事件」と呼ばれる事件を紹介したい。
終戦から4年が経過した1949年(昭和24年)6月。兵庫県の菅野村という村で、34歳の主婦Yが強盗殺人および放火の罪で逮捕された。
Yは結婚する前は看護師で、結婚と共に退職。以来、夫との間には7人の子供(うち3人は幼少時に死亡)がいたが、後に夫が病気で働けなくなり、次第に借金を繰り返すようになった。
父親がいなかったYには、幼いころから父親代わりとして育ててくれた老人がおり、Yはこの老人の家に借金を頼んだが、肺病により床に伏していた老人に代わり、妻・Aから借金の申し出を断れてしまった。
借金を断った際、AはYを激しく罵っており、それが悲劇の始まりだった、とされている。
数日後、YはA宅に鎌を持って侵入。金の在りかはわかっていたため、難なく金を手に入れられると踏んでいたが、途中でAに姿を見られてしまう。
Yは持っていた鎌でAを斬り、さらに落ちていた枯葉を集め、金を奪った後に火を付けて逃走したのだ。
Yは逃走を続けたが、2日後に逮捕された。
金目的の強盗殺人、わざわざ枯葉を持ち込んでの放火だったため罪は重く、起訴されて半年後に死刑判決が出て、戦後初の女性死刑囚となった。
しかし、子供が多いことに加え、生活が困窮していたという同情するべき側面もあったことから、彼女の減刑を求める声は当時の宗教関係者や死刑廃止論者などから多くあり、そのうえ模範囚だったことから恩赦が決定。1969年(昭和44年)には無期懲役刑となった。
だが、長年の刑務所生活で精神的に限界が来ていた彼女は、減刑の数年前から異常な言動を口にすることが多くなったほか、肺を患い療養所に収容されることになった。
そして、Yは最後までシャバに出ることなく、1978年(昭和53年)に62歳で死亡した。
Yは戦後初めて死刑宣告をされた女性という事実はあるものの、執行されたわけではなく、執行された日本初の女性死刑囚は、1961年の「ホテル日本閣殺人事件」の犯人が第1号となっている。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)
戦後初の女性死刑囚、死刑が執行されなかった理由とは?【背筋も凍る!女の事件簿】
2020.03.29 22:30
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