実は心眼の使い手だった!?新選組の独眼竜「平山五郎」の生涯【二】

| Japaaan
実は心眼の使い手だった!?新選組の独眼竜「平山五郎」の生涯【二】

前回のあらすじ 実は心眼の使い手だった!?新選組の独眼竜「平山五郎」の生涯【一】

時は幕末、姫路から江戸に出て剣術修行に励んでいた平山五郎(ひらやま ごろう)は、神道無念流の免許皆伝となるも、花火の事故(悪戯?)が原因で左目を失明してしまいます。

しかし、そのショックで心眼を開いたのか、見えない筈の左側からの攻撃に滅法強くなったそうで、俄かに隻眼の剣術家として知られるように。

そんな文久三1863年2月、五郎の元へ浪士組(ろうしぐみ。新選組の前身組織)募集の報せが届いたのでした……。

そうだ、京都へ行こう!張り切る五郎と、清河八郎の陰謀

「浪士組?何だそりゃ」

浪士組とは庄内藩士の清河八郎(きよかわ はちろう)が献策したもので、身分や前歴を問わず有志を募り、京都へ上洛した将軍の警護に当たる任務が予定されていました。

「おお、長年鍛え上げた剣術の腕前を、今こそ活かすべき……そうだ、京都へ行こう!」

……と、大張り切りの五郎でしたが、清河の本音は別のところにありました。

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