もし、大切な人が殺されたら、あなたはどうしますか?
現代なら法が裁いてくれますが、戦国時代は相手の身分によって、人を殺されても罪に問えないことが間々ありました。
ならば命に代えても仇を討つまで……たとえ殺されようと、泣き寝入りなど出来ない悔しさは、今も昔も変わりません。
そこで今回は、殺された恋人の仇をとった戦国時代の烈女・勝子(かつこ)のエピソードを紹介したいと思います。
幸せな未来を描くも束の間……。勝子は尾張国(現:愛知県西部)の戦国大名・織田信長(おだ のぶなが)の弟である織田信勝(のぶかつ。信行)の侍女として仕えていました。
京都出身とのことですが、生年や出自については不詳で、恐らく勝子という名前についても「信勝に仕えていた女子(例:北条時政の娘で北条政子)」程度の意味で、本名は不詳だったものと考えられます。
でも、勝の字がつけられるくらいだから相応にお気に入りだったのでしょう。そこで信勝は、同じくお気に入りの家臣・津田八弥(つだ はちや)と縁組をさせることにしました。
この八弥、元は下民の出身だったそうですが、その才覚をもって信勝に取り立てられ、織田の一族である津田の名字を与えられたようです。