1868年1月3日から6日までの4日間、徳川慶喜を擁する旧幕府軍と薩摩を中心に長州などを主力とする維新政府軍の間で、鳥羽伏見の戦いが行われた。
戦闘は維新政府軍の勝利で終わり、旧幕府軍は大坂城における徹底抗戦で起死回生を図る。
しかし、慶喜は僅かな人々を伴い、1月6日の夜、突然大坂城を脱出。海路、江戸に逃げ帰り、その後は恭順謹慎に徹した。
前代未聞の敵前逃亡!15代将軍・徳川慶喜が大坂城から逃げた真相に迫る【その1】 前代未聞の敵前逃亡!15代将軍・徳川慶喜が大坂城から逃げた真相に迫る【その2】 前代未聞の敵前逃亡!15代将軍・徳川慶喜が大坂城から逃げた真相に迫る【その3】今回はその後日談として、慶喜とともに大坂城を脱出した人々と慶喜東帰に関わった人々がその後の人生をどのように送ったか、その人現模様を紹介しよう。