15代将軍・徳川慶喜、敵前逃亡の後日談。大坂脱出に関わった人々のその後とは?【その1】 (3/7ページ)
●幕閣(大名)
・板倉勝静(いたくらかつきよ)[筆頭老中・備中松山藩主・伊賀守]
・酒井忠惇(さかいただとう)[老中・姫路藩主・雅樂頭]
●幕閣(旗本)
・浅野氏祐(あさのうじすけ)[若年寄兼陸軍奉行・旗本・美作頭]
・平山敬忠(ひらやまよしただ)[目付・旗本・図書頭]
・榎本道章(えのもとみちあき)[目付・旗本・対馬守]
・山口直毅(やまぐちなおき)[外国総奉行・旗本]
・高畠五郎(たかばたけごろう)[外国奉行支配組頭・旗本・対馬守]
※永井尚志(ながいなおゆき)[若年寄・旗本・主水正]
●大名
・松平容保(まつだいらかたもり)[京都守護職・会津藩主・肥後守]
・松平定敬(まつだいらさだあき)[京都所司代・桑名藩主・越中守]
●その他
・芳(よし・新門辰五郎の娘)[慶喜側室・愛妾]
この中で、※を付けた永井尚志は、慶喜に供を命じられるが辞退し、大坂城で残務整理後に江戸に戻った。厳密にいうと、開陽丸脱出組ではないが、慶喜東帰に深く関わった人物として取り上げた。