泰平の 眠りを覚ます 上喜撰
たつた四盃で 夜も寝られず
これは幕末の嘉永6年(1853年)7月8日、日本の開国を求めて浦賀(現:神奈川県横須賀市)沖にやってきたペリー提督ら東インド艦隊の衝撃を詠んだ狂歌です。
黒船来航に守りを固める幕府当局。東洲勝月 「米船渡来 旧諸藩士固之図」より。
上喜撰(じょうきせん)とは上等なお茶で、四盃(しはい)も飲んだらカフェインが濃すぎて眠れなくなってしまう様子を、たった四杯(しはい。杯は船を数える単位)の蒸気船(黒船)が来ただけで、世が騒然としている(夜が眠れない)様子にかけています。
このままでは日本が滅ぶ!……いわゆる「黒船来航」が多くの志士たちを覚醒させ、日本を生まれ変わらせる明治維新の原動力となったことは論を俟(ま)ちませんが、そのキッカケとなったペリー本人はその後どうなったのでしょうか。
ペリーを知らない日本人は少ないけれど、彼が日本を去って以降のことは、意外と知られていません。