幕末の京都を闊歩した剣客集団・新撰組(しんせんぐみ)。
その一番隊組長として知られる、若き天才剣士・沖田総司(おきた そうじ)が得意とした技の一つに「向こう受け反撃」というものがあるそうです。
さて、これが一体いかなる技であるのか調べたところ、どういう技であるのかハッキリ説明する資料はなく、ただ「脛(すね)を斬りつける」ことしか分かりません。
現代の剣道でも下半身は得点対象とならないように、剣術で脛を狙う流派は珍しい(イメージ)
とかく伝説が多い沖田総司なので、どうせこれも後世のフィクション?であろうと切り捨ててしまっても支障はなさそうですが、せっかく興味を持ったのですから、好奇心の芽を摘み取ってしまうのはもったいない。
そこで今回はこの「向こう受け反撃」について可能な限り考察を加えるヒントとして、江戸時代の剣豪・岡田惣右衛門(おかだ そうゑもん)について紹介したいと思います。
柔よく剛を制す!柳剛流を興した岡田惣右衛門の生涯岡田惣右衛門は江戸時代中期の明和2年(1765年)、武蔵国葛飾郡惣新田、現在の埼玉県幸手市に誕生しました。