昔から、人間の死にざまほど、その者の生き方を表すものはないと言います。
一生涯の締めくくりである人の死は、ただ死んで終わりではなく、その死に方しだいで後に続く者へと精神を受け継ぎ、その者と共に生き続けるのです。
今回は明治時代の士族叛乱「福岡の変」に散った二人の英雄、越智彦四郎(おち ひこしろう)と武部小四郎(たけべ こしろう)のエピソードを紹介したいと思います。
西南戦争に呼応、福岡の変に挙兵するも……時は明治10年(1877年)3月27日、西郷隆盛(さいごう たかもり)率いる鹿児島士族(西南戦争)に呼応するべく福岡士族およそ500名が決起・挙兵しました。
越智・武部らは福岡城を攻略するべく郡役所や監獄を襲撃、大いに暴れ回ります。
しかし、すでに西郷軍は激戦地の田原坂(たばるざか)を攻略されて劣勢に転じつつあり、連携の見通しが立たなくなっていました。