生兵法は怪我のもと…武士道バイブル『葉隠』が説く奉公の心得を紹介

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生兵法は怪我のもと…武士道バイブル『葉隠』が説く奉公の心得を紹介

昔から「生兵法(なまびょうほう)は怪我のもと」などと言う通り、中途半端に学んだスキルや知識をひけらかしたさに、わざわざトラブルなどに首を突っ込んでは手痛い思いをする事例は後を絶ちません。

学ぶならしっかりと学んで身につけないと、役に立たないばかりか却って有害となりかねないことを戒めている訳ですが、兵法(武芸や軍略)を生業とする武士たちにとっては、より一層切実な教えだったようです。

『葉隠』の口述者・山本常朝。Wikipediaより

そこで今回は江戸時代の武士道バイブルとして有名な『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』より、兵法や奉公に対する心構えを紹介したいと思います。

目を塞ぎ、一足なりとも踏み込みて……中野神右衛門の申し候は

六〇 中野神右衛門申し候は、「兵法などは習ふ事無益なり。目を塞ぎ、一足なりとも踏み込みてうたねば役に立たざるものなり。」と。彌永佐助も同然申し候。

※『葉隠』巻第十一より

【意訳】中野神右衛門(なかの じんゑもん。清明)の言うには「兵法なんか学んでも何の役にも立たない。目をふさいで一歩でも前に踏み出して、敵を討たねば主君の役には立たないのだから」との事で、彌永佐助(やなが さすけ)も同じことを言っていた。

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