「報連相(報告・連絡・相談)は明瞭簡潔(ハッキリ分かりやすいこと)を心がくべし」
社会人になってそう教わり、日々心がけてきたつもりではいるものの、これがなかなか難しいもの。
「結局何が言いたいんだ?さっぱり分からん!」
勤めに出て間もないころ(もう20年ほども前)、我ながら下手くそな書類で頭をビシバシやられたのを、昨日のように覚えています。
まぁそれはさておき、伝える側が相手に分かりやすく工夫するのは当然としても、受け取る側も相手の意図を解ってあげようとする姿勢が大切ではないでしょうか。
今回はそんなお話し。鎌倉幕府の第3代将軍として活躍した源実朝(みなもとの さねとも)のエピソードを紹介したいと思います。
土屋三郎宗遠の書状時は承元3年(1209年)6月13日、侍所別当の和田義盛(わだ よしもり)が実朝の元へ、一通の嘆願書を持ってきました。
「御所(実朝様)。土屋三郎(つちや さぶろう。土屋宗遠)がこれを……」
※土屋三郎宗遠は、頼朝挙兵以来の古参・土肥実平(どひ さねひら)の弟です。