彰子の懐妊
大河ドラマ『光る君へ』で話題沸騰中の紫式部。彼女は女房たちの前で「一」という漢字も書けないような頭の悪いキャラクターを演じて、漢字の知識や文才などを持ち合わせていないフリをしていました。
そんな演技を続けながらも、紫式部は着々と『源氏物語』の創作を続けていました。
ところで、紫式部と言えばもっとも有名なのはもちろん『源氏物語』ですが、その創作過程や、式部の人となりを知るにあたり最も重要な資料とされているのが『紫式部日記』です。
この『紫式部日記』が成立したのは、中宮・彰子の懐妊がきっかけでした。
シングルマザーの身で宮仕えにも少しずつ慣れてきた寛弘4(1007)年12月には、中宮・彰子の懐妊が明らかになります。