江戸幕府を開いた徳川家康の孫であり、第2代将軍・徳川秀忠の長女である「千姫(せんひめ)」は、時代の波に翻弄されながら、激動の江戸初期を生きた悲劇のヒロインとして語られることが多い人物です。
しかし、史実の「千姫」は、弟の第3代将軍・家光を支え、徳川家の礎を築くために力を尽くした女性でした。
今回は、そのような「千姫」のドラマチックな生涯を、[前編][中編][後編]の3回に分けて紹介します。
前回の記事↓
政略の駒…”悲劇の姫君”から徳川家のゴッドマザーへ!「千姫」の切なくも壮絶な生涯【中編】[後編]は、豊臣家滅亡後の千姫の生涯についてお話ししましょう。
ひと悶着あるも本多忠刻と再婚を果たす大坂夏の陣から約1年後の1616年、千姫は新たな人生を歩み始めます。桑名藩主・本多忠政の嫡男である本多忠刻(ほんだただとき)と再婚したのです。ちなみに、忠刻の祖父は、徳川四天王の一人として名高い本多忠勝です。