「もう、どこまで逃げても逃げ切れねえ気がする。いや、もはや逃げてはならぬ気もする、この場所から…」
殺された妻子を弔った土まんじゅうを前にした新之助(井之脇海)の言葉。目の前には、貧しくて墓石どころか卒塔婆すら立てらない亡くなった人々を埋めた、弔いの土まんじゅうが、数えきれないほど広がっていました。
天明6年(1786)7月の頃、関東一円を襲った大雨により利根川水系で派生した大洪水「天明の洪水」は、江戸の街に甚大な被害を及ぼし、理不尽な死も引き起こしたのでした。
べらぼう第31回「我が名は天」では、災害・社会不安・貧困の中で、何の罪もないふく(小野花梨)と赤ん坊の命が奪われ、巧妙な手段でおのれが「天」になろうとする一橋治済(生田斗真)に、将軍・徳川家治(眞島秀和)の命が奪われました。
『べらぼう』ふく・とよ坊の救いなき最期、家治は毒を盛られ力尽き…無情すぎる絶望回に反響生活苦に喘ぐ庶民たちと、陰謀うずまく政道の両方に大きな影響を与えることになる、「二つの無念の死」を考察してみました。