猿回しから生き人形、そして鬼娘まで――江戸時代の「テキヤ」が行っていた見世物がヤバすぎた

| Japaaan
猿回しから生き人形、そして鬼娘まで――江戸時代の「テキヤ」が行っていた見世物がヤバすぎた

「見世物」が大流行

江戸時代から続く反社会的組織の系譜の一種として「テキヤ」があります。このテキヤという名称や、反社会的組織との関係性については現在でも引き継がれているところがあります。

現代の警察白書でも、テキヤは「縁日や祭礼などに際し、境内や街頭で営業を行う露天商や大道芸人などの集団のうち、縄張りを有している者」と定義されており、テキヤのこうしたスタイルも江戸時代から基本的には変わっていないと言えるでしょう。

しかしテキヤが仕切る祭礼や行商人の商売において、江戸時代と現代とでちょっと異なるものがあります。当時は、今よりも「見世物」が大流行りだったのです。

さて、テキヤが仕切る商売と言えば縁日の屋台が真っ先に浮かぶと思いますが、江戸時代にテキヤが行っていた「見世物」の芸の種類には曲芸や軽業・手品・奇術・物真似・講釈などがありました。

現代もある大道芸「猿回し」

これらは人の気を引く突飛なものが多く、事前にビラなどを配って告知することで、寺社や縁日、街頭に大勢の見物人が集まったといいます。

そうして大道芸人が芸を披露し、投げ銭という形で見物料をもらっていました。

両国広小路や浅草奥山などの有名な盛り場や寺社の境内には見世物小屋が設けられ、大道芸人にとっては格好の稼ぎ場となっていました。

寛永寺のお膝元である上野山下もそのひとつでした。『仕掛人 藤枝梅安』にも、見世物の仮小屋や茶店などが建ち並んでいたという描写があります。

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