江戸時代中期から後期にかけて、現在の東京都江東区にあたる深川一帯は、江戸でも有数の行楽地・繁華街として発展していました。
富岡八幡宮の門前町としての賑わいに加え、辰巳の遊里が形成され、周辺には料理屋や茶屋が集まっていました。参詣や川遊び、食事、遊興を目的とした人々が多く訪れていたことは、当時の史料や研究書からも確認されています。
宗教施設、水辺の景観、歓楽街、娯楽施設が隣り合う深川の町並みは、江戸の中でも独特の性格を持っていました。信仰と遊び、日常と非日常が混在するこの地域は、人々にとって「何かをしに行く場所」であると同時に、「ぶらぶら歩くだけでも楽しい場所」だったと考えられます。
現代的に言えば、都市機能が重なり合った行楽エリアと表現すると、やや近い感覚になるでしょう。
見世物小屋という庶民の楽しみこうした深川を含む江戸の町では、芝居小屋や寄席と並んで、見世物小屋も庶民に親しまれた娯楽の一つでした。