江戸時代の若者のデートは「見世物小屋」!?――深川の繁華街に見る、庶民的娯楽と男女の距離感 (3/4ページ)

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そのため、芝居や寄席と同様に、若い町人や下級武士にとっても、比較的気軽に足を運べる娯楽であったと考えられます。

若者たちと見世物の距離

江戸後期の風俗研究者・随筆家である喜田川守貞によって著された『 守貞漫稿(もりさだまんこう) には、見世物や雑芸、庶民の遊興についての記述が多く見られます。そこからは、若者たちが芝居や見世物見物に集まり、都市の娯楽空間を共有していた様子を読み取ることができます。

見世物小屋は、ただ演目を眺めるための場所というよりも、人が集まり、同じものを見て、同じ時間を過ごす場でした。

特別な記念日でなくとも、何か面白いものがあれば覗いてみる。そうした軽やかな関わり方が、当時の若者文化の一部を形作っていたのでしょう。

遊里と「身の丈に合った」娯楽

一方で、江戸の大遊郭である吉原などは、利用に多額の費用を要し、一般町人や下級武士が日常的に通える場所ではありませんでした。

そのため、芝居、寄席、見世物、門前町の茶屋といった、より安価で身近な娯楽が庶民の間で発達していきます。

江戸時代の孔雀の見世物茶屋

深川のような繁華街では、華やかな遊里文化を身近に感じながらも、実際には懐具合に合わせて見世物や屋台を楽しむ若者が少なくなかったと考えられます。

高価な遊びを遠巻きに眺めつつ、自分たちなりの楽しみ方を見つける――そうした距離感もまた、江戸の都市文化の一側面でした。

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