『豊臣兄弟!』に登場し一瞬で切腹!部下の命と引き換えに散った名将・清水宗治の“辞世の句”とその最期

| Japaaan
『豊臣兄弟!』に登場し一瞬で切腹!部下の命と引き換えに散った名将・清水宗治の“辞世の句”とその最期

大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?

第28回放送「急げ!秀吉」で初登場したかと思いきや、いきなり切腹してしまった清水宗治(しみず むねはる)。それまでも何度か名前だけ言及されていましたが、果たして彼は何者だったのでしょうか。

今回は毛利氏に仕えて活躍し、その死を惜しまれた名将・清水宗治について、その生涯をたどってみたいと思います。

備中兵乱で毛利氏に寝返る

『続英雄百人一首』より、清水長左衛門宗治。

清水宗治は天文6年(1537年)、清水宗則(むねのり)の子として備中国賀陽郡清水村(現在の岡山県総社市)で誕生しました。

幼名は才太郎、兄に清水宗知(むねとも)、弟に難波宗忠(なんば むねただ)などがいます。

やがて石川久孝(ひさたか)の娘を娶り、子に清水宗之(むねゆき)・清水景治(かげはる)・難波宗定(むねさだ)ほか女子(中島元行室、駒木根清右衛門室)などを授かりました。

はじめ石川家臣として仕えていましたが、天正2~3年(1574~1575年)の備中兵乱に際して毛利氏へ寝返り、備中高松城(岡山県岡山市)を任されるようになります。

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