『豊臣兄弟!』に登場し一瞬で切腹!部下の命と引き換えに散った名将・清水宗治の“辞世の句”とその最期 (3/4ページ)
何とか宗治だけは助けたいと、輝元は安国寺恵瓊(立川談春)を秀吉の元へ派遣し、和睦交渉に臨んだのでした。
将兵の助命と引き換えに切腹
和睦交渉において、毛利氏ははじめ、このような条件を提示します。
一、備中・備後・美作(岡山県北東部)・伯耆(鳥取県西部)・出雲(島根県東部)の5ヶ国を割譲する。
一、その代わりに宗治の命は助けてほしい。
つまり宗治は、毛利氏にとって「5ヶ国と引き換えにしてでも喪いたくない」家臣だったようです。
しかし秀吉はこれを拒否。5ヶ国の割譲は当然として、宗治の切腹だけは譲りませんでした。
秀吉とすれば、宗治を「生かしておくと後々厄介な人物」と見ていたのでしょう。
和睦交渉が平行線をたどっていることを知った宗治は、主君の恩に感じ入りながらも、自分が足手まといにならぬよう憂慮しました。
そして以下の嘆願書を安国寺恵瓊に送っています。
一、自分・清水宗知・難波宗忠・末近信賀(すえちか のぶちか)の4名が切腹する。