【豊臣兄弟!】信長の葬儀「秀吉vsお市」の真相!秀吉より先に行われた“本当の法要”の謎

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【豊臣兄弟!】信長の葬儀「秀吉vsお市」の真相!秀吉より先に行われた“本当の法要”の謎

天正10(1582)年6月2日未明。『本能寺の変』で命を落とした織田信長

「御生害」(自害すること)したはずの信長の遺体が「どうなったのか?」には諸説あります。

また、信長の葬儀は、豊臣秀吉が取り仕切った絢爛豪華なド派手なパフォーマンス葬儀が知られています。

けれども、この信長の死後約4ヶ月も経ってから行われた盛大な葬儀には、息子の信雄・信孝の兄弟仲は悪化していて参加しなかったそうです。

そして、秀吉が葬儀を行う前に、先んじてお市や信長の乳母で池田恒興の母・養徳院は、供養を行なっていたのです。

今回は、信長の遺体の謎や、秀吉VSお市の葬儀についてご紹介しましょう。

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