「仏教伝来」の本質
古代日本では、五三八年に百済の聖王(別名・聖明王)から仏像や経典が伝わったとされます。
これは欽明天皇の時代に起きた出来事で、日本史では仏教伝来として知られています。ほっとけゴミ屋さんという語呂合わせで覚えている人も多いでしょう。
ただし、こうした仏教伝来を仏像と経典がやってきただけの出来事と考えると、本質を見失います。
仏教を広めるには、経典を運ぶだけでは足りません。当時は文字を読めない人もいたため、その教えを「見える化」する必要がありました。
そこで必要になったのが、寺院を建てる土木や建築の技術、仏像や法具を作る工芸技術、法衣を仕立てる技術などです。
さらに、仏教を教える僧侶を育てなければならず、そのためには専門の師を百済から招き寄せる必要もありました。
つまり、仏教伝来とは最新の文化や知識、技術のまとまりが百済から倭へ移った出来事とも考えられます。
しかも、これは五三八年に突然始まったものではありません。