『逃げ上手の若君』でお馴染みの諏訪頼継は、中先代の乱で祖父と父を失い、長い雌伏の時を過ごしました。
成長した頼継は信濃権守に任官しますが、信濃守護職の小笠原氏に対抗すべく正式な信濃守に拘り続けます。そしてその想いは、足利直義との連携、日本国中を巻き込んだ観応の擾乱への参加という形で表出しました。
しかし相手は強大な力を持つ足利尊氏。やがて直義と時行は倒れ、頼継は孤軍奮闘を余儀なくされます。
それでも仇である尊氏に降る道を選ばず、最後まで争う道を選びますが…
諏訪頼継は最後の最後にどういう道を選び、そしてどのように諏訪氏を守ったのでしょうか。諏訪頼継の選択の結末について見ていきましょう。
【前編】の記事はこちら↓
『逃げ上手の若君』時行のライバルで共闘者?足利尊氏との戦いに全てを捧げた諏訪頼継の生涯【前編】 頼嗣?直頼?改名を経ての足利直義への接近頼継の諏訪氏の復権と尊氏への逆襲は、足利直義への接近という形で表れていきます。
正平3年/貞和4(1348)年、将軍家執事・高師直が四條畷の戦いで楠木正行(楠木正成の長男)を撃破。南朝の本拠地・吉野に攻め入って功績を上げています。
高師直一派の発言力が高まると同時に、室町幕府内部では足利直義の発言力が低下。両派の対立は深まっていきました。
両者を支持する陣営は、諸国に存在しています。