『逃げ上手の若君』時行のライバルで共闘者?足利尊氏との戦いに全てを捧げた諏訪頼継の生涯【後編】 (6/7ページ)

Japaaan

正平14年/延文4(1359)年12月、足利義詮は南朝へ大規模な攻撃を開始。頼継も兵を率いて義詮に味方しています。

しかしこれをもって足利方の勢力と和睦したわけではありませんでした。

正平20年/貞治4(1365)年、信濃守護・小笠原長基と金屋で衝突。長基が塩尻郷の春近折中分を石清水八幡宮へ寄進したことが原因でした。

その後も頼継は信濃の周辺勢力と抗争を継続。没年は不明ながら、大祝と惣領を子孫に伝えて世を去ったようです。

諏訪頼継の生涯は、惣領として一族を守り、誇りを持って戦い抜いたものでした。

命をかけて足利尊氏に争った生き様は、諏訪氏の歴史とあり方に強い影響を与え、漫画『逃げ上手の若君』でも描かれています。

頼継の人生は一族を守るための運命を賭した戦いそのものだった(写真は諏訪大社上社)。

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