不思議な名前の王
古代日本の歴史では、少し変わった名前が出てきます。その一人が六世紀のヲホド王です。
しかし、ヘンな名前だと笑ってはいけません。このヲホド王は実は継体天皇として知られる人物で、つまり天皇家のご先祖様です。
今回はこのヲホド王について解説していきましょう。この人の名前について説明するには、その前の王たちの名前から見ていく必要があります。
四世紀の崇神天皇には「イリ」という語が入り、御間城入彦五十瓊殖天皇(ミマキイリヒコイニエノスメラミコト)と呼ばれました。ここまでくるともはや書けない、読めない、言いにくいの三拍子そろっていますね。
これが五世紀の応神天皇になると「ワケ」が現れ、誉田別命(ホンダワケノミコト)という名前になっています。
ところが、継体天皇の時代になると、この「イリ」や「ワケ」が見られなくなり男大迹王、つまりヲホド王と呼ばれるようになりました。
こうした名前の違いから、イリ系王朝、ワケ系王朝、ヲホド王の王朝という三つの王朝が古代には存在していたのではないか、という学説があるのです。
ヤマト政権が成立した時期は四世紀半ばと推定されています。イリ系王朝は奈良県の三輪山周辺、ワケ系王朝は大阪の河内を基盤としたと考えられ、どちらも大和川水系に位置します。