【古代史の謎】異質な名を持つ「ヲホド王」この大王の正体は天皇家のご先祖・継体天皇だった (3/4ページ)

Japaaan

また港湾都市として朝鮮半島との交易も盛んでした。三国から陸路を進めば栃ノ木峠を越えて琵琶湖方面へ向かえますし、海路でも敦賀湾や若狭湾を経て琵琶湖に近づけます。

この地理を見ると、ヲホド王の一族が三国で勢力を広げ、琵琶湖、宇治川、淀川をつなぐ淀川水系に勢力を伸ばしたと推測する説にも一定の説得力が出てきますね。

大和川水系のヤマト政権と接触していた可能性も十分ありうるでしょう。

キーマンとしてのヲホド王

ヲホド王をめぐる議論で、特に重要なのが今城塚古墳です。

大阪府高槻市にあるこの前方後円墳は、発掘調査によって大王の墓と考えられています。そして、これこそがヲホド王の墓であると推測されています。

今城塚古墳

もしこの見方を採るなら、かなり興味深いことになります。イリ系王朝やワケ系王朝の大王墓が大和川水系にあるのに対し、ヲホド王の墓は淀川水系にあるからです。

王の墓がある場所の違いは、その王がどの地域を基盤としていたのかを考える手がかりになります。

この違いから、イリ系王朝からワケ系王朝へ政権が移り、その後にヲホド王の一族が大王になったとする王朝交代論も唱えられています。

その他にも、これらの王朝はヤマト政権を豪族の連合体であり、イリ系とワケ系が交代で大王を出していたとする王朝輪番制論もあります。

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