歴史上の人物には、後世につくられたイメージと、本人が残した記録との間に、思わぬ落差があることがあります。平安時代末期の公卿、藤原頼長もその一人でしょう。
藤原忠実の次男として生まれ、左大臣にまで昇った頼長。兄・忠通との対立を深め、保元の乱では崇徳上皇方の中心人物となりました。後世には「悪左府(あくさふ)」と呼ばれています。かなり怖そうな人物です。
ところが、そんな頼長が残した『台記』を読んでいると、意外な一節に目が留まります。それが「猫」です。しかも、ただ猫を飼っていたという話ではありません。少年時代、病気になった愛猫のために千手観音像を描き、回復と長寿を祈願していたのです。そして猫は快復し、願い通り十歳まで生きました。
死んだ後は衣に包み、櫃に納めて葬ったそうです。『台記』には、そんな頼長と一匹の猫の時間が残されています。