保元の乱の首謀者は超・愛猫家?悪左府、藤原頼長が900年前の日記に残した愛猫への溢れる情熱 (2/4ページ)

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『台記』は、保延2年(1136)から久寿2年(1155)まで記された頼長の日記です。朝廷の政務や儀礼、貴族社会の人間関係など、政治史を考えるうえで重要な記事が並びます。一方、本人の身辺に関する話もあり、そこから当時の暮らしを垣間見ることができます。

康治元年(1142)8月6日条には、頼長が幼い頃に飼っていた猫についての回想が登場します。ある日、その猫が病気になりました。

頼長は千手観音像を描き、早く治るように願いました。そして、十歳まで生きられるよう祈ったといいます。この願いが届いたのか、猫は快復。しかも、実際に十歳まで生きました。

後年になっても頼長がこの出来事を覚えていたという事実そのものが興味深いところです。政治や儀式とは無関係な、少年時代の私的な思い出が、日記の一角に残されているのです。

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