捜査が進むにつれて全容が明らかになってきた川崎の少年殺害事件だが、手前味噌ながら事件直後に掲載した記事の内容にほぼ間違いはなかったようだ。
ただ、私は上の記事中でこの事件を "イジメ問題" として捉えていたが、その点だけは撤回せねばならない。むしろ謝罪が必要かもしれない無責任な解釈だったと猛省している。この川崎の事件をイジメ問題として広めてしまうと、今現在イジメで苦しむ子供達をさらに追い詰める結果になり兼ねないのだ。
事件の詳細をご存知のものという前提で話を続けさせていただくが、犠牲になった少年は決してイジメられっ子とは言えない立場である。むしろ色々な人間関係の悩みはあっただろうが、親身になってくれる仲間も多く、どちらかと言えばより酷い状況のイジメられっ子からすれば羨ましいとすら思える立場だったように思う。
私自身もイジメられた経験があるのでこう思うのかもしれないが、イジメに苦しむ子供は学校にも家庭にも逃げ場がないし、仲間と呼べる頼れる存在もいない。 イジメっ子が飽きるまで、自分以外の誰かに目を向けてくれるまで、ひたすら自分ひとりで耐え続けなければならないのだ。
だが犠牲になった少年はそうではなかった。 自分に危害を加えた相手の家まで押し掛けて戦ってくれる仲間がいたし、それだけでも絶望のどん底にあるイジメられっ子とは状況が全く違う。
あの事件のトリガーになったのは、容疑者少年らと犠牲者の少年の存在に気付いたにもかかわらず、マトモに相手にしなかった神奈川県警の大失態である。あそこで神奈川県警が少しでも異常さに気付いていれば、そうでなくともせめて数日間は人手を回して観察するといった対応をしていれば、あんな最悪の暴走には至らなかった(至れなかった)だろう。少年の周囲には、守れるはずだったのに守れなかったと悔いている方が大勢おられるはずだ。
この事件は動機の部分を神奈川県警の大失態が作り、犯行の手口を連日の無責任なISIL報道によるメディアスクラムが生み出した。 警察とTVメディアの責任が何より重いと誰にでも理解できるはずなのだが、当の "真犯人達" は責任転嫁に大忙しだ。