日本を代表するゲーム会社・任天堂の代表取締役社長・岩田聡さんが、7月11日、胆管腫瘍のため京都市内の病院で亡くなられたことがわかった。
ハル研究所時代の岩田聡さんの功績
岩田さんは東京工業大を卒業後、1982年にゲームソフト開発のハル研究所に入社。ファミコン時代には『バルーンファイト』などの人気ソフトをプログラマーとして開発。
1993年からは同社の社長に就任。「星のカービィ」シリーズ、「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズ、コピーライター・糸井重里さんがゲームデザインを行ったRPG『MOTHER2』などの未だに人気の高い大ヒットタイトルを世に送り出した。
新機軸のゲーム機開発で業界に貢献
2000年6月に任天堂の取締役に就任。2002年5月には代表取締役に抜擢され、ゲーム人口の拡大に大きく貢献することとなった携帯ゲーム機・ニンテンドーDSを生み出し、2006年4月には、開発が中止していた『MOTHER3』の発売を実現。
同年11月には新機軸の据え置き型ゲーム機・Wiiを発売。無線のリモコン型コントローラーによる直感的な操作性や、インターネットを利用した日常生活に密着したコンテンツを揃え、年齢や性別、ゲームの技量を問わずに楽しむことができる家庭用ゲームの普及に大きく貢献した。
一時静養と、突然の訃報
2013年6月には、Nintendo of America Inc.の取締役会長に就任。岩田さん自らがゲームソフトの開発者のインタビューする企画「社長が訊く」や、製品PR動画を配信する「Nintendo Direct」では、司会進行や解説をつとめ、社長就任以降もゲームの開発に携わり表舞台にたち続けた。
2014年6月には、胆管に腫瘍が発見され、手術を行ったことを報告。一時的な静養の後に同年10月に復帰するも、2015年6月に開催された世界最大のゲームの祭典「E3 2015」の会場にその姿はなかった。
岩田社長の死去にともない、代表取締役は専務の竹田玄洋さん、宮本茂さんの2名になることも発表。
生涯、ゲーム人口の普及に貢献し続け、いち開発者/いちゲームファンの精神をもって任天堂を牽引してきた岩田社長の突然の訃報とあって、ゲームファンのみならず各界に衝撃が走っている。
任天堂の岩田聡社長55歳で逝去 ゲーム業界再建の立役者
2015.07.13 12:54
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