改造学生服からなめ猫まで! ヤンキーファッション大研究 (2/5ページ)
当時の不良を知らない人は、「もっと長い、長ランがいいのでは?」と思う人もいるかもしれないが、長ランは大学の応援団などが着用する作業着のようなモノで、中ランこそが不良のステータスであった。上着の内側には、それぞれ好みの刺繡と自分の名前を入れることが流行っており、絵柄は龍や虎など、和柄の彫り物のようなデザインが人気を集めていた。つまりは、例え真面目な生徒であってもラッパズボンを履いて、刺繡の入った中ランを羽織れば一丁前の不良の完成である。もっとも、その格好で表を闊歩するということは、"喧嘩上等"を宣言しているのに等しく、ましてや喧嘩の戦果として、「制服狩り」が横行しているなかで、なんちゃって不良を気取る度胸があるものはいなかったが。
この日本の不良独自の制服ファッションであるが、1980年代に入ると趣向が一変、上着は短めの「短ラン」、また、ズボンも裾部分を少し絞り気味にし、ウエスト部分にタックを入れて膨らませた「ボンタン」と呼ばれるものが主流となっていく。ここら辺りの変遷は、不良といえども世の風潮にあわせる若者らしい感覚が息づいている。
さらに言えば、不良の制服ファッションとしては、通学に使う皮カバンを薄く潰す、取っ手部分にテープを巻くなどの細分化されたこだわりがあるのだが、そこを追求するとファッションだけで紙幅が尽きてしまうので割愛しよう。
ただひとつ、それらに付随するアイテムとして忘れることが出来ないのが、原宿に店舗があった50年代風ファッションの『クリームソーダ』である。特に、トレードマークのドクロをあしらった財布は地方の不良を中心にブームを呼び、その余波は当の不良たちが"クリソ"ブランドに興味を無くした後も、不良に憧れる若者たちに人気を博したものだ。
なめ猫旋風……ヤンキーブランドが一般にも波及
不良からヤンキーへと呼び方が変わる80年代初頭、一冊の漫画が人気を呼び、後に社会現象にまでなった。きうちかずひろ作の『ビー・バップ・ハイスクール』である。ヒロシとトオルを主人公としたこの作品内容はいまさら語るまでもないが、ヤンキー文化に与えた影響は絶大であった。いや正確に言えば、ヤンキーにではなく、ヤンキー以外の堅気の人々に与えた影響と言ったほうがいいだろう。