改造学生服からなめ猫まで! ヤンキーファッション大研究 (3/5ページ)
正直、ヤンキーとは言っても真面目な人にとってみれば、ワルであり、暴走族との境目すらもわからない。はっきり言えば、迷惑で関わりになりたくない人たちなのである。それが、ヤンキーの日常をややコミカルに描いた『ビー・バップ~』の登場で、少なくとも真面目な人たちとヤンキーの距離感を接近させる効果はあったと言える。この『ビー・バップ~』と同時期に連載が始まった吉田聡の暴走族漫画『湘南爆走族』は映画化もされ、気分的としてヤンキーにシンパシーを感じる(あるいは憧れる)人たちを増やしたのだ。この系譜は、やがて少女漫画にまで波及し、1986年、『ホットロード』(紡木たく作)で、ヤンキーの恋愛物という新機軸にまで昇華させることになる。
もっとも、当のヤンキーたちは、それらの漫画を楽しむことはあっても、それらの作品からなんらかのインスパイアを受けるということはなかったようだ。彼らは単純に作品としてそれらを楽しんだのであり、ヤクザ映画と実際のヤクザが違うように、自らの生きざまとは別物と考えていたのである。
いずれにせよ、これら一連のヤンキー(不良)漫画の出現が、ヤンキーブランドが商業ベースとして成り立つひとつの成功例になったことは間違いない。
漫画によって商品と化したヤンキーであるが、実はこれ以前にもその兆候がなかったワケではない。前述した『クリームソーダ』や、原宿のブティック「竹の子」のファッションをまとった元祖パラパラ「竹の子族」などは、ヤンキー的なモノの商品化の嚆矢とも言えなくはない。しかし、それらは日本全国の若者にとってスタンダードというワケではなく、あくまで限られた"嗜好"の人間、つまりはマニアうけする範疇内で動いていたに過ぎない。
しかし、『ビー・バップ~』がそうであるように、実物のヤンキー世界を"カリカチュアライズ"した商品は、一般うけする様相を呈し始めていた。1980年に突如としてブームを呼んだ「なめ猫」などはその典型例だ。
実物の生きた猫に、ヤンキー風というか、暴走族風の衣装(学ラン、特攻服等)を着せ、「なめんなよ」というキャッチフレーズを入れたポスターやブロマイドは、どうしたことか数百万単位で飛ぶように売れた。いわゆる「なめ猫旋風」を巻き起こしたのである。