改造学生服からなめ猫まで! ヤンキーファッション大研究 (4/5ページ)
正式名称を『全日本暴猫連合なめんなよ』と呼ぶこのキャラクターは、普通の人たちはもちろん、特に女子を中心としたヤンキー層の心も強く捉えた。
可愛いことこそ最強という、我が国「カワイイ文化」の神髄のような話だが、このなめ猫の一大ブームも、学ランや特攻服などヤンキーファッションを皆が周知していることが前提にあってのこと。そういった意味で「なめ猫」は、ヤンキーというはぐれ者が独自に温めてきた価値観から生まれた、一種のあだ花とも言えよう。
ちなみにこの「なめ猫」ブームは、2、3年ほど続いたあと、一部から動物虐待(実際は細心の配慮をして撮影していたという)という声があがったことと、流行り物としての宿命としてブームは終焉を迎えた。
モテる強力なツール……ヤンキーに大人気だった音楽
ヤンキー文化を語る上で、異性にモテることが大切……と話したが、そのツールとして強力な武器となったのが音楽である。バンドを組んでいる男が女うけするのは、いまも昔も同じであるが、ヤンキーとてその法則は熟知している。
勉強には微塵も興味を示さない彼らも、楽器には下心があったのか、我先にと飛びついた。そのヤンキーたちに人気を博した、あるいは影響を与えたミュージシャンと言えば、まずはキャロルであり、そのボーカルであった永ちゃんこと矢沢永吉であろう。しかし、1972年にデビューしたキャロルは、ヤンキーというスタイルが定着するやや以前のこともあり、彼らのファッションや音楽性が直接、ヤンキー文化に影響を与えるまでには至らなかった。
むしろ、同時代ではあるが、1975年デビューのクールス(館ひろし、岩城滉一らが所属)のほうが、ヤンキーにとっては、より親しみやすい存在ではあった。キャロルに比べれば、ややマイナー感があるクールスではあるが、現在、40代後半から50代の元ヤンたちにしてみれば、クールスの"不良性"がより強く琴線に触れたハズだ。その証拠、というわけではないが、永ちゃんのファン層というのは、実は元ヤンより、普通の人々、あるいはヤンキー(不良)に憧れていた人々のほうが多いように見受けられる。
やはり、70年代後半からのヤンキーに、もっとも影響を与えた存在はクールスであった……といいたい。