「おしん」が海外でウケた理由…努力と商倫理の申し子 (1/3ページ)
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NHKの連続テレビ小説で、もっとも優れた作品は何か?
もし世間にこう問いかけるとしたら、どのような答えが返ってくるのだろうか。実際にやってみないと分からないことだが、それでも『おしん』が上位に入ることはまずもって断言できる。
『おしん』は、あらゆる意味で連続テレビ小説という枠組みを越えた作品だ。その爆発的人気は狭い日本を飛び越え、海外の市民をも取り込んでしまった。特に現代の新興国では、『おしん』は大変な影響力を持っている。ある国では、男女問わず『オシン』という名を子に名付けることもあるのだとか。
それだけ、この作品は革命的なセンセーショナルを世界に与えた。だからこそ、放映から30年経った今も人々は『おしん』を忘れていない。いや、忘れることができないのだ。
■ 貧農の女子が富豪になるドラマ
山形の寒村で育った少女・谷村しんのストーリーは、1907年から始まる。小学校入学を前にしたしんは、そうであるにもかかわらず実家の困窮が原因で、米一俵と引き換えに奉公へ出されてしまう。
雪積もる村の川を舟で下るシーンは、日本人なら誰しも目にしたことはあるだろう。だがここで問題にしたいのは、ストーリー上の時代設定である。1907年、すなわち明治40年だ。
この時代、貧しい小作人の子は商家へ奉公に出されるということが頻繁にあった。実際にタイムマシンに乗って1907年に行けば、何十人という数のしんを目撃できるに違いない。もしそうしなければ、子どもは間引かれる。貧農とはそういうものだ。
だがしんは、そんな己の境遇に打ち勝つかのように商売で身を立てた。髪結い、露天商、めし屋、魚屋という流れを経て、老年を迎える頃には十数のチェーン店を持つスーパーマーケットを運営していた。
20世紀初頭に生まれた貧農出身女性の、経営者としてのサクセスストーリー。こんなドラマを作ることができる国は、まず日本しかない。
そもそも世界史の常識として、“女は男より偉くも強くもなれない”というのがある。女はあくまでも“子どもを産む機械”、そうでなければ“繁殖牝馬”だ。だから女には権力も財産も必要ない。