「16世紀のホラ吹き男」から学ぶ!? 売れっ子作家になる方法 (2/3ページ)
しかも、その際のエピソードが凄い。ある土地で知り合った若武者にピントが持ってきた銃を見せてやると、若武者は「自分も撃ってみたい」とせがんだ。「そうそう簡単に撃てるものじゃない」とピントは断ったが、若武者は彼の寝ている隙を狙って鉄砲を持ち出し、見様見真似で射撃してしまったのだ。
その際、火薬の詰め過ぎで銃は暴発。若武者は瀕死の重症を追う。彼の両親と家来は、その様を目の当たりにして怒り狂った。「この南蛮人を殺してしまえ!」。だがピントは毅然とした態度で、こう言った。
「俺に任せてくれ。彼の傷は必ず治す」
ピントはそう言い切り、早速若武者の治療に取りかかった。彼の傷は深かったものの、ピントの献身的な治療により何と1ヶ月足らずで全快してしまったのだ。
しかもその若武者というのが、あの大友宗麟の弟に当たる大内義長だというから驚きである。
もっともこれは、ピントのホラだというのが一般的な見解だ。義長が鉄砲の暴発で負傷したというくだりは本当のようだが、彼を治療したのはピントではないそうだ。
つまりピントという男は、旅すがら他の航海士や商人から聞いた話をそっくり自分の業績にしてしまう癖があったのだ。
■ ホラだらけの自伝

source:https://pixta.jp
ピントのホラはこれだけじゃない。彼が後年書き残した『遍歴記』を総括すると、
「俺は21年もの長い航海の中で、オスマン帝国や中国の皇帝の軍隊と勇敢に戦ってその度に戦果を上げた。海賊退治もやったし、そいつらに生け捕りにされたこともある。17回も奴隷として売り飛ばされたが、俺はいつも脱走に成功してまた一からベラボーな財産を稼ぎ直した。
そうだ、俺はあのフランシスコ・ザビエル神父様の知り合いだったんだぞ。神父様を日本に連れてこられたのも、俺の手ほどきがあったからだ。ついでに俺は日本に鉄砲を伝えたんだ。