新宿駅の土地は誰のもの? 京王線ホーム端の「貸付票」めぐるミステリー (3/4ページ)

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「電圧降下と車両の整備不良等により、京王線が終点の京王新宿まで運行できない事態を重く見た東急本社は、急遽運輸通信省と協議を行い、小田急線新宿駅西側の運輸通信省(国鉄)所有地に京王線を引き込んで応急的に京王線の新宿駅とすることにした」
「この用地は、関東大震災後に策定された新宿西口前の都市計画により、鉄道省新宿駅敷地の一部に編入されたもので、新宿への乗り入れを希望している東京横浜電鉄(編集部注:現在の東急東横線)の駅予定地として確保されている土地であった」

京王百貨店の建っている土地は現在、京王グループ所有となっている。
ということは、どこかのタイミングで京王線新宿駅の部分を譲渡し、角地は国鉄に残したと推察される。

ちなみに、国鉄が所有する前の大正時代は、商店や工場などがあったようだ。

「新宿区地図集-地図で見る新宿区の移り変わり 淀橋・大久保編」(東京都新宿区教育委員会)に掲載されている、1925年の新宿駅西口。
「新宿区地図集-地図で見る新宿区の移り変わり 淀橋・大久保編」(東京都新宿区教育委員会)に掲載されている、1925年の新宿駅西~南口。 「ステイション新宿」(新宿歴史博物館)に掲載されている、1935年頃の新宿駅西~南口。
「ステイション新宿」(新宿歴史博物館)に掲載されている、1935年頃の新宿駅西~南口。

京王線新宿駅が地下化されたのは1963年4月。当時の地下ホームは6両対応の2面4線で、1965年6月に都内初の冷房駅となるなど、先進的な施設を誇った。
しかしまもなく利用客数増に対応しきれなくなり、数回にわたってホームの長さを延長、1982年10月にほぼ現在の形になった。
当初は京王の敷地に収まっていたホームが、徐々にルミネ側にはみ出していったと思われる。

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