偉人の衝撃的な事実! シェークスピアは「ケチ」が原因で他界したってほんと? (1/2ページ)

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「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」で知られるシェークスピア。偉大な劇作家として誰もが知っている人物なのに、「ケチ」がたたって他界したのはご存じでしょうか?

有名人でありながらシェークスピアの記録には不明点が多く、作家としてブレイクする直前の7年間は、どこで何をして暮らしていたのかナゾのまま…鹿ドロボウして追放された!なんて不名誉な話も残っています。妻とは晩年まで不仲が続き、残した遺産は「ベッド」だけ、52歳で他界したのも腐ったニシンを食べたのが原因と言われるほど「けちんぼ」でした。

「終わりよければすべてよし」なんて言葉を作った人物なのに、最後の最後でやっちまった!人物だったのです。

■偉大な作家が「鹿ドロボウ」?

「オセロー」「リア王」など数多くの作品を残したウィリアム・シェークスピアは1564年にイングランド王国に生まれました。半農半商の父は町長を務めた人物でもあり、暮らしぶりは裕福でしたが没落…このあたりからシェークスピアの公的な記録も断片的になり、諸説あるので、現在主流となっている「推定」をベースに進めることにします。

その後はカトリック系の学校に通ったとされていますが、これも推定…やがて18歳になると8歳年上のアン・ハザウェイと結婚します。このときアンはすでに妊娠中の「できちゃった結婚」。ここまで「推定」ばかりの人生なのに、こんな記録が残っているのはシェークスピアの人柄なのかもしれません。

21歳で双子を授かり、28歳になるとロンドンで大活躍、俳優と台本の作者の兼任から始まり、やがては誰もが知っている売れっ子作家にまで上り詰め、残された屋敷などから「大もうかり」していた様子がうかがえます。

21歳から28歳まで飛び過ぎ!と思うかも知れませんが、「空白」と呼べるほどに記録がなく、残念ながら推定すら困難。そのためこの時期のウワサは多く、

 ・学校の先生をしていた

 ・さる金持ちの馬の世話係

と、どれも根拠がはっきりしない話ばかり。

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