【壮絶な貧乏生活】なぜ大沢ケイミはシンデレラになれたのか? (2/4ページ)
ケイミだって、人の2倍3倍頑張ればシンデレラのように幸せをつかめるんだから』と、幼い頃から幸せをつかむための教育が始まりました。
食事をするときの姿勢、ナイフやフォークの持ち方、歩き方を徹底的に教え込まれ、フランス料理なんて見たこともないのに、ペンをナイフとフォークに見立てて、紙に書かれたお皿を前にお肉の切り方を練習させられたり。
小学校に入る頃にはすっかり上品な所作が身につき、友達はみんな『ケイミは名家のお嬢様なんだ』と思っていたみたいです。制服だったから、バレなかったんですね(笑)」
小学校の途中で、「中国では中学、高校の学費が高くて通わせられない」と、身のまわりの家財を売ってシンガポールに移住。
見ず知らずの5家族がボロボロの家で共同生活をする極貧生活を送りながらも、「娘には絶対幸せをつかんでもらいたい」という母の一心で、ケイミさんはバレエ教室に通い始めます。
「こんなに貧乏なのに、なんでバレエなの⁉ と思いましたが、美しい立ち居振る舞いや自分をどう見せるかを表現する力は、バレエによって鍛えられました。
お金がないなか通っているので、お月謝分以上に学ぶんだ! と毎回必死。吸収する量も他の子とは比べものになりません。
レッスンの送り迎えのバスでは、母ちゃんのバス代がなくて私だけバスに乗って、母ちゃんは1時間半かけて徒歩で帰ってきたことも。
足のマメがつぶれて痛い痛いと涙している姿を見たとき、私は、『何としてもこの生活を抜け出して母ちゃんをラクにしてあげよう』と心の底から思いました。小学校高学年の時です」
「こんにちは」しか話せず日本語を猛勉強
ケイミさんが日本に来たのは高校生になってから。