【壮絶な貧乏生活】なぜ大沢ケイミはシンデレラになれたのか? (3/4ページ)
実の父が日本とアメリカのハーフだったことから、自分のルーツのひとつである日本に興味を持っていたと言います。
「母が私の教育費を稼ぐために日本にいたので、追いかけるように来ました。でも、話せる言葉は『こんにちは』くらいで日本のことは何にも知らなかったんです。
シンガポールの高校の通信教育を受けながら空いた時間はすべて日本語の勉強に費やし、さらに日本語が片言でもできるバイト先を見つけてお金を貯め始めました。
中国に家はないし、シンガポールに居場所もない。ここで生きていくんだと覚悟を決めていましたね」
「営業で生きていく」とキャリアを描いていた矢先、19歳で今の旦那さんとスピード結婚
バイトをいくつも掛け持ちしながら4年制大学の経営学部に進学したケイミさん。その日本語習得能力に驚きますが、入学した時点で描いていたキャリアデザインにもまた驚かされます。
「自分の力でお金を稼ぎ、母ちゃんに恩返しするためにと考えたのが、『営業会社を経営する』ということでした。
極貧生活の中で3カ国を経験し、人に支えられながらなんとか生きてきて、人のさまざまな価値観に触れてきました。この経験は人を相手にした仕事で絶対に生きるだろうと思い、営業として生きていこうと思ったんです。
少々のことではへこたれない自信もあったので厳しいノルマにだって耐えられるはずだと思い、企業に属してトップ営業になってから自分で会社を興そうと計画を練っていました。大学では経営学を勉強しながらバイトをし、空いた時間で『売れる営業ノウハウ』みたいな啓発書を読みまくりましたね。