【名古屋外国人撲殺】山口組分裂で台頭するイラン人マフィアの熾烈な内部抗争 (1/3ページ)
今月の20日未明、名古屋市中川区の市道でイラン人が複数の男に切りつけられて殺害された。その襲撃現場近くでは数十本の注射器の入ったカバンが発見されるなどの事実から、捜査当局は薬物売買のもつれと推測。死亡したのはアナミ、シルマルド、ミラーさんで親族から押収したパスポートから本人と確定したが、日本への入国記録はないと言う。つまり不法入国したのである。
●"イラン人マフィア"の系譜不法入国の方法は知っている限りいくつかあるが、この報道を受けて筆者は約20年の付き合いのあるイラン人と接触した。彼は一時期渋谷のイラン人マフィアのボスと言われていた男だ。
この男が日本に来たのはバブルで日本が浮かれていた頃、つまり1980年代後半から1990年代初頭の事だ。日本に来れば生活出来る、という思いから来日した。しかし、当時、イラン人を歓迎する空気は日本にはなかった。それは先に来日していたある人物がひとつのマフィア組織を作り上げ、覚せい剤、偽造テレカ等の怪しい外国人犯罪には必ずと言っていい程絡んでいたからである。
なぜその当時、イラン人は日本に大量入国したのか? それは当時の日本とイランの外交関係が良好だったことと、彼らの置かれている状況にあった。彼らの祖国イランは当時イラクと戦火をまみえていた。その戦争から逃れたのが当時の"就労目的"で大量入国したイラン人たちだった。彼らが戦火から逃れて安全に暮らすには、同国とビザ免除協定を結んでいた唯一の先進国、日本に避難する意外に選択はなかったのだ。
その後、あまりにも不法就労が増えたため、イランとの同協定は廃止されている。そのため簡単に入国出来なくなり、今ではイラン人を見かける事が少なくなっている。筆者が会ったのは、そんな珍しい"生き残り"のイラン人である。
さて今回の「名古屋イラン人殺害」の背景を探ってみたところ、興味深い話を聞くことができた。10年以上前から名古屋では薬物を売るイラン人が多く見かけられていた。それは東京では薬物の取締りがきつく、その避難場所の一つが名古屋だったからだ。
10数年前は、東京・渋谷のセンター街に行けば違法薬物が買える等の噂が流れ、それ同様に全国各地に有名な"取引場所"が知られるような、そんな時代だった。