【名古屋外国人撲殺】山口組分裂で台頭するイラン人マフィアの熾烈な内部抗争 (2/3ページ)
そして名古屋では、「テレビ塔に行けば覚せい剤が買える」との噂が地元でも有名だった。そんな日本全国の"覚せい剤市場"でブツを売りさばくのは、イラン人マフィアの独占市場だった。彼らはいわゆる売人として末端にいるわけでなく、イラン人のみによって構成された犯罪組織単位で動き、ブツの入手から販売までをネットワーク化して"ビジネス"にしていたのだ。知人のイラン人が答えてくれた。
「イラン人マフィアがヤクザから黙認されていたのは、売り物の覚せい剤をヤクザから卸してもらっていたからだ。イラン人が祖国で覚せい剤を密造して密輸するなんてことはリスクが大きすぎるし不可能だよ。だから、イラン人マフィアと日本のヤクザは太い上客と中間卸元の関係。ヤクザから見れば固定客を掴んでいる、いいお客さんの1人だったんだよ」
しかし、その後、イラン人マフィア同士の生存競争が始まった。東京から追われるようにして名古屋を含む地方都市に散らばった"脱東京組イラン人"と、もともと地元で薬物売買でシノギを上げていた地元イラン人"の間で対立が生じたのだ。さらに"脱東京組イラン人"が薬物の入手先を変えずに地方進出したことで、"地元ヤクザ"からしても自分たちのシノギを脅かす敵となった。"脱東京組イラン人"が地元ヤクザから覚せい剤を仕入れれば、うまく事が運ぶ事も出来たのだが、彼らは今まで通りに安く仕入れることができる仕入れ先を選んだのだ。
●山口組分裂が及ぼす波紋また当時、山口組では司忍組長が六代目に就任して当代を取った弘道会の力が強くなり、山口組の中興の祖である三代目田岡一雄組長が創設した麻薬追放国土浄化同盟の信念の元、覚せい剤撲滅を原点回帰の大義に、売人であるイラン人を徹底的に追い込んでいく。これは建前で実際には「人の米びつに手を突っ込むな」というのが大きな理由だろう。そのため名古屋を追われて、さらに別の都市へ移っていくイラン人マフィアも少なくなかった。
しかし、この秋以降、六代目山口組が分裂したことで、かつてのイラン人マフィアが名古屋に舞い戻るという現象が起きている。六代目山口組が分裂して、イラン人マフィアのシノギを追い込むことができなくなった、というのがいちばんの理由だ。