世界に根付く「柔道:Judo」独り立ちの時を見守る (1/3ページ)
“日本人と柔道”というテーマを取り扱うには、正直1記事分の文字数では足りない。
だが筆者が商業ライターである以上、「一つのテーマを長く書く」ということはあまりいいことではない。今回ご紹介するのは、海外の柔道サークルについての話題である。
柔道は、もはや国際的なスポーツである。講道館の創始者である嘉納治五郎は、人生の早い段階から柔術を海外に普及させようと考えていた。治五郎は柔術の各流派の技術を選別し、「健康であれば誰もができる競技」としての柔道を作った。
「誰もができる」のだから、もちろん道場の師範が外国人であってもまったく問題はない。
幕末に起因する攘夷思想が色濃く残る時代に、こうした発想を持った人物が存在したのだ。
それを踏まえつつ、取材レポートを執筆したいと思う。
■ 「初等教育」に通ずる柔道

今回、筆者が訪れたのは、マレーシアの首都クアラルンプールにある『バンサール柔道クラブ』である。
このクラブは週3回、地元の公営施設を借りて練習を行なう。日曜日の練習には子供たちが多く駆けつける。
これは、世界中の道場やクラブに共通して言えることだが、この柔道という競技は児童を対象にした“初等教育”という意味合いが非常に強い。

この辺り、アメリカ人にとってのアマチュアレスリングとよく似ている。アメリカではアマレスとサッカーは「子供たちがルールの遵守を学ぶための競技」という位置付けで、そこから他競技へ転向するというのがジュニアアスリートの“定番の道”である。
そうであるからこそ、『バンサール柔道クラブ』では面白い光景が見られる。