新聞記者の「かまとと」が拉致問題の解決を遅らせる (2/2ページ)
そうやって妥協点を探って行けば、いずれどこかで折り合いがつく。しかし、人権問題はそうはいかない。仮に金正恩氏が政治犯収容所の閉鎖を決断しても、虐待の末に膨大な人命を奪った罪は決して消えないからだ。
そして日本も、民主国家として、そんな国と率先して国交を結ぶわけにはいかない。国連で北朝鮮の人権侵害を自ら告発してきただけに、なおさらである。
これくらいのことは、バカでない限り誰にでもわかる。もちろん金正恩氏だってわかっているはずで、彼が期待しない以上、「国交正常化」が日本側の交渉のカードになるはずがないのだ。
高学歴のエリートである日本の新聞記者たちに、これしきのことが理解できないはずはない。理解しているくせに、「国交正常化などムリ」とは書かない。だから「かまとと」だというのだ。
重大なのは、エリート記者の「かまとと」は非常に罪深いということだ。
彼らが国交正常化を前提とした交渉を「粘り強く続けろ」などと書くから、日本政府はそれに乗って、拉致問題解決のために「努力をしているふり」を続ける。それでたまに政権の支持率が上がることはあっても、拉致問題解決の日はいっこうに近付いて来ない。拉致被害者の家族たちだけが「生殺し」になる構図だ。
だからといって、私は北朝鮮との交渉を止めてしまえと言いたいわけではない。軍事的な解決はムリなのだから、やはり話し合いは必要だ。
それに、生存しているかも知れない拉致被害者の命には限りがある。北朝鮮の体制が変化するのを、気長に待ってなどいられない。
こうして現実的な検討を重ねて行けば、何が出来なくて何が出来そうか、自ずと分かる。結論を言うなら、北朝鮮と水面下で「裏取引」をするしかないのだ。
エリート記者たちは、これを言って「悪者」になりたくないのだろう。だったらせめて、「かまとと記事」を書くよりも、何も書かないことを選択すべきではないのか。