Jタウンネット記者「五輪エンブレム」挑戦記! 見事落選までの半年を振り返る (2/2ページ)

Jタウンネット

といった周囲の声に、まんざらでもないと笑みを浮かべながらも、

「採用作品の最終決定前には、ご自身の応募作品を公表されませんよう、よろしくお願い申し上げます」

との指示のもと、ただひたすら待つのだった。

なかなか「公開OK」が出ない

それから3か月。ついに4月8日、4作品が発表された。その日の夜には、組織委からメールも到着。しかし、そこでは最終候補への意見募集を呼びかける一方、落選作品の「公表」については一文も書かれていなかった。「また、おあずけか......」、記者は肩を落とした。

10日間の意見募集と、最終審査を経て、採用作品が決定・発表されたのは4月25日。夜21時45分に届いたメールには、次のように書かれていた。

「オリンピック、パラリンピックのシンボルマークの権利は それぞれIOC、IPCが有しております。今後万一応募作品を公開する際には、オリンピック、パラリンピックシンボルをはずし、トップエンブレムのみの公開に留めていただきますようお願い申し上げます」

「万一」という表現が引っかかるが、ようやくこれで「公表OK」になった。イラストレーター初心者が、頭を抱えながらデザインしたエンブレム。かなり恥ずかしいが、せっかくなので晒しておこう。タイトルは「明るい東京」だ。ドン!

「明るい東京」
「明るい東京」
「オリンピックは『東』、パラリンピックは『京』の文字をベースに図案化し、エンブレムを作成した。それぞれが躍動するスポーツマンを表現し、頭部は『日の丸』に通じる日本の大和魂をあらわしている」(応募資料の「デザインコンセプト」より)

応募当時は「予想以上の出来栄え」と思っていたが、半年近く経ってしまうと、やはり我に返って恥ずかしくなってくる。慣れないことはしない方がよかったなと、改めて反省する記者だった。

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