Jタウンネット記者「五輪エンブレム」挑戦記! 見事落選までの半年を振り返る (1/2ページ)
2020東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムが「組市松紋」に決定した。
実はJタウンネット記者も、このエンブレム募集に応募して、その過程を記事にしていた。というわけで、この場を借りて「記事のその後」を伝えてみよう。
作成する記者の様子(2015年12月撮影)
年が明けても、合否はわからない
記者がエンブレム応募用サイトに登録したのは、2015年12月3日。7日に応募が締め切られ、翌8日午後に宮田亮平エンブレム委員長名での「エンブレム応募の御礼」メールが到着した。
「今回の募集では、14,599件の応募をいただきました。参画していただいた皆さま一人一人の力が、2020年には大きな力になり、大会の成功につながります」12月22日夕方には、形式要件とデザインのチェックを終え、64作品に絞り込んだとの報告が来た。その日、箱根を取材していた記者は、帰りの東海道線車内でメールを受信。「個々の応募作品の選考状況についてはお答えできません」の一文に、やきもきしたのを覚えている。ちなみに、その前日には国立競技場で「生ガキ」を食べていた。

旧エンブレムっぽく並べた(2015年12月撮影)
年が明けて1月9日、最終候補の4作品を決定したと連絡が来た。とはいえ、自分の作品が落選したかは不明のまま。連絡が来てないってことは、もしかしたら――。