【現代医学と歴史】コレラ感染しても腹痛ナシ! 未治療だと致死率80% / ドラマ「仁 -JIN-」の治療法は間違っていた! (3/4ページ)

バズプラス

vibrio_cholerae_04

・患者の発生状況を調査
1813年、スノウは貧しい労働者の家に生まれました。医師を志し、外科医に弟子入りしたのが14才。まずは炭鉱医となり、その後、医学校で正式な教育を受け、ロンドン大学で学士を取得すると、エーテル麻酔、クロロホルム麻酔を研究し、麻酔専門医に。そして、ビクトリア女王の分娩時に麻酔をかけるという大役を授かるのです。まさに大出世と言えるでしょう。スノウが、単なる成り上がり者で終わらず、スーパードクターになった所以は、それからのこと。1854年、コレラが流行していた地区に自ら出向き、患者の発生状況の調査を行ったのです。

・コレラの流行が終息を迎えた理由
当時、コレラは汚れた空気が原因とされておりました。が、この説に疑問を持っていたスノウは、「患者の出た家が飛び飛びである」ことに着目、その発生状況をマッピング(地図に記していく)し、最終的にブロードストリートにある井戸が原因だとの結論に達しました。
実際、この報告を受けた行政が井戸のポンプを外すことで、コレラの流行は終息を迎えたのです。

・井戸に業績を称えるモニュメント
スノウがやったように、「集団においての健康や病気に関わる要因」を調べる方法は『疫学』と呼ばれ、この方法を初めて用いた彼は『疫学の祖』と呼ばれています。そうそう、コレラ菌に汚染されていたこの井戸の跡には、その業績を称えるモニュメントが作られています。近くには「ジョン・スノウBAR」もあるようです。スノウは酒嫌いだったのにね(笑)。

・現在も発展途上国でコレラ発生
そして約30年後、1884年にドイツの細菌学者コッホがコレラ菌を発見。その後、医学の発展や防疫体制の強化などで、古典型コレラの世界的流行は起こらなくなりました。

「【現代医学と歴史】コレラ感染しても腹痛ナシ! 未治療だと致死率80% / ドラマ「仁 -JIN-」の治療法は間違っていた!」のページです。デイリーニュースオンラインは、コロリ馬渕まり武将ジャパンコレラJINカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る